Nazca Novels 恋窓辺(コイマドベ)

恋窓辺(コイマドベ)

毎日あなたが通るのを楽しみにしている私。
いつかあなたに寄り添って歩く日を夢見て、今日もこの窓辺で待っています。

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コイマドベ

あなたは窓の向こうを通り過ぎる。
私はその姿を見ているだけ。
だけどね、それだけでも私は嬉しいの。
だって私はあなたに恋をしているから。

生まれつき体が弱い私。
外に出るのは病院に行くときだけ。
少しだけ外の空気を感じられる。

病院は嫌い。
注射は痛いし、待つ時間も長い。
凄く疲れてしまうの。

「ただいま」

お姉ちゃんが学校から帰ってきた。
今日はちょっと遅かったね。

「外は温かくなってきたよ」

そういえばクロッカスがお庭で咲いているね。
もっと温かくなってほしいな。

「ホントは外に出たいよね」

お姉ちゃんはそう言って私を撫でてくれた。
優しいお姉ちゃんが大好き。

私だってお姉ちゃんみたいに学校に行きたい。
友達と仲良くお話ししたい。
神様はなんて意地悪なんだろう。
どうして私にこんな運命を与えたのだろう。
どうしてこんな体に生まれてきたのだろう。
私だって自由に外に出たい。
それぐらいも許してくれないなんて酷すぎるよ。

「ねえ聞いて。私ね、彼氏ができたんだよ」

彼氏できたの? だから機嫌が良かったのね。
お姉ちゃんおめでとう。

いいな〜私も彼氏が欲しいな。
私だって年頃だもん。
外で自由にデートとかしたいよ。
行きたい所なんて無い。
ただ一緒にいるだけでいいの。
寄り添っていられればいいの。

それさえも今の私には無理なの。
分かってはいるけど涙が出てきそう。

私は窓から外の景色を見た。
夕暮れに染まる街。
窓に映る泣きそうな顔の私。
どうしようもない現実。

あっ。

窓の向こうを通り過ぎる横顔。
いつも遠くを見ているような瞳。
自分の顔が熱くなっていくのが分かった。

あなたはどこに住んでいるのだろう。
だんだん姿が小さくなっていく。
私は走って2階に上がっていった。
2階の部屋の窓からあなたの姿を追った。
でも、すぐにあなたは見えなくなった。
たった一枚の窓が恨めしかった。

どうして私だけがこんな目に遭うのよ。

◇◇

桜の花も咲き4月になった。
お姉ちゃんは高校3年生になった。
私は相変わらず家の中の生活。
窓から外を眺めているだけの毎日。

つまらない現実。

せめてもの幸せはあなたを見ることだけ。
今ではそれが日課になっている。
あなたは私に気付いているのだろうか。
ううん、たぶん気が付いてはいないよね。
それは私が隠れるように見ているから。
だってさ、私だって年頃だもん恥ずかしいよ。
もうそろそろ来るかな?

「今日は病院に行く日よ」

ママの声がした。
久しぶりに外に出られる……
だけど、嬉しくない。
すぐに車に乗せられ、病院に直行するだけだもの。
そんなのって悲しすぎるよ。

「そろそろ行くよ」

今朝はあなたに会えなかった。
ママなんて嫌い。

生きている意味がないよ。

注射を打たれ、長い間を待たされた。
痛かったし、凄く疲れた。
家に帰ってきた私はソファで眠ってしまった。
気が付けばすっかり夜になっていた。

今日は一度もあなたに会えなかった。

こんな生活だから夜はなかなか眠れない。
私は夜中の窓の向こうを眺めていた。
車通りも少なくなって静かだ。
そろそろ眠ろうかな。

あれ? あ……

会えた。

窓の向こうを通り過ぎるあなたがいた。
私は追いかけるようにあなたを見つめた。

「?」

私に気付いてくれた。
一瞬だけ時間が止まった。

そして、優しく微笑んでくれた。


神様……勇気を私にください。


「私、みゆって言います」
「いい名前だね」

初めてお話しできた。
凄く嬉しい。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

どうしよう……もっと近くでお話ししたいよ。
あなたの胸に飛び込んでいきたいよ。
あなたに優しく抱きしめられたいよ。


◇◇


春は恋の季節。

一日、また一日。
日増しに思いは募るばかり。
自分の気持ちが抑えられない。

もっと近くに行きたい。
もっと一緒にいたい。

あなたに抱かれたい。

自分でも変だって思う。
今まではこんな気持ちになんかならなかった。
どうしちゃったのだろう?
大人になってきたからかなぁ。

ひょっとしてこれが恋の魔法ってやつ?

私は完全に恋の魔法にかかってしまったの?
あなたは私の心に魔法をかけたの?

この気持ち……我慢できない。

真夜中に私は窓の向こうを眺めた。
まん丸のお月様がとても綺麗だ。

会いたい。
あなたに会いたい。

「まだ起きているの?」

すぐ目の前にあなたがいる。
ひょっとして会いに来てくれたの?
あたしのために来てくれたの?

嬉しい。

私は体を乗り出した。
あなたは優しい瞳で私を見ている。
私は吸い込まれそうになった。

窓の向こうに行きたい。
あなたのそばに行きたい。
ずっと一緒にいたい。

「私、前からあなたのことを……」
「見ていてくれているね」

顔が赤くなっていくのが分かる。
凄く恥ずかしい。
あなたは見つめる私を知っていたのね。

「外に出られないかい」
「ごめんなさい。私は体が弱くて外に出られないの」
「出られる日が来るといいね」

優しい笑顔で言ってくれた。
外に出たい。
少しの間だけでもあなたのそばにいたい。


神様……もう一度私に勇気をください。


「私、ずっと前からあなたのことが…」

『ワンワン! ワンワン!』

犬の鳴き声が深夜の街に響き渡った。
それとほぼ同時に階段の電気がついた。

「誰か来てるの?」

そう言いながらママが2階から降りてきた。
せっかくのタイミングが……
それに、こんな時間に散歩なんてしないでよ。
いい感じの雰囲気が台無しだよ。
犬の鳴き声はこっちに近づいてきた。

「じゃあおやすみ」
「まっ、待って」
「迷惑がかかるからね。またね」

『ワンワン! ワンワン!』

あなたは急ぐように走り去っていった。

『キー!』

少ししてかん高い音が響いた。

私はこの悲しい現実を知る由もなかった。


◇◇


あの夜以来、私はあなたに会えなかった。

ウソつき。

またねって言ったくせに。
バカ! バカバカバカ。
悲しくて悔しくて泣けてきた。

好きって伝えたかったのに……

私は声を出して泣いた。
毎晩、窓の向こうを見ながら泣いた。
だけど、あなたは来てくれなかった。

せめて一度だけでも抱きしめてほしかった。

春の香り。
体が火照る。
心が渇く。

今夜もあなたは来てくれない。

私はあなたを求めて泣き続けた。
小さな子供のように泣き続けた。

『ガチャ』

「いい加減にしなさい」

ママに怒られた。
そんなに怖い顔しないでよ。
だってしょうがないもん。

「ミュー、いい子だから静かにしなさい」

パパにも優しく怒られた。
私の気持ちなんか知りもしないで。
パパも嫌い。

「ミューもそういう年頃なんだよ」

お姉ちゃんは優しい。
お姉ちゃんは大好き。

神様はなんて意地悪なんだろう。
どうして私にこんな運命を与えたのだろう。
どうしてこんな体に生まれてきたのだろう。


私だけ違う存在。


「春は発情するから仕方がないよ」
「大人になったってことか」


私の名前はみゆ。
家族からはミューって呼ばれてるの。
しょうがないじゃん。
私って猫だもん。


今度生まれてくるときは、人間の女の子で生まれたいな。

だって……

恋したいも。


− おわり −

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