最終話 言えなかった言葉
過ぎ去ったあの日の出来事……
何事もなかったように彼は普段通りだった。
私も普段通りに毎日を過ごした。
それにしても月日が経つのは早い。
年齢を重ねるごとに早くなっている気がする。
気が付くと新しい年になっていた。
年末はクリスマスや新年関連の広告作りでてんてこ舞いだった。
30日の夜中まで働いた。
今年は2日が仕事始めだった。
「ミニウェディングのサイトなんだ」
不況の中、リーズナブルな結婚式を求める声が多い。
とある会社からブライダルサイトを作って欲しいと依頼が来た。
ネットで気軽に予約できるのは当然ながら、急な駆け込み的なニーズにもバッチリ対応でき、簡単に式を安く挙げられるというのを売りにする。
全国に点在する小さな会場などと連携しており、小さくても二人っきりでも、結婚式を挙げたいと考えているカップルをターゲットにしている。
彼が去年から手掛けていた仕事だ。
1月2月は式を挙げるカップルが少ない。
その月にも力を入れたいそうだ。
「Q&Aのページにイラストを入れたいんだ」
「どんな感じの?」
「ウェディングドレスのお嫁さん」
彼はそのイメージが湧かないらしい。
「こんな感じか?」
彼はササッとイラストを描いた。
「うん、そんな感じかわいい」
彼はイラストを書くのも上手だ。
漫画家志望だったというのは本当らしい。
「実際に見てみたいな」
「そこまでする?」
「妥協はしたくない」
偉いとは思うけど、そこまでするのかって思うのが正直なところだ。
だけど、彼のそういうところは共感できる。
のめり込むところは私と同じだ。
この仕事はそうでなければ続けていけない。
「今日は講義があるから」
「了解です」
夕方に電話がかかってきた。
彼はこれから結婚式場に行ってくるそうだ。
平日のこの時間にウェディングドレスを着たお嫁さんがいるかなぁ。
彼が戻ってきたのは、月9のドラマの時間だった。
「ウェディングドレスは見れた?」
「今日はただの打ち合わせだったから」
「打ち合わせって何の?」
「二人だけのウェディングってやつだ」
「ふ〜ん、そうなんだ」
彼は相当のめり込んでいると思った。
二人だけのウェディング…ちょっと憧れちゃうかも。
「来週の日曜は一緒に打ち合わせに行くから」
「結婚式場に?」
「ウェディングドレスを着たお嫁さんを見に行く」
「うん、分かった」
◇◇
日曜日になった。
今日は結婚式場に打ち合わせに行く。
都内の小さなチャペルに行くそうだ。
だけど、日曜の夕方の7時に結婚式ってどうよ?
明日が日曜日ならいいけど、明日は月曜日だよ〜
そっか、二人だけの結婚式だから関係ないのか。
「お嫁さんってどこにいるの? てか、誰もいないよ」
「キャンセルになったようだ」
「マジで? 来た意味ないじゃん」
「仕方がないからナツメ、お前が花嫁になってドレス着ろ」
「……はい?」
成り行きで花嫁をすることになった。
でもね、私メッチャノリノリです。
ウェディングドレスを着られるんだもん。
一生着られないかもしれないしね。
……虚しくなってきた。
「はい、どうですか?」
鏡に映った自分に驚いた。
鏡の向こうにいる人が自分に見えなかったから。
私はキャンセルしたカップルに感謝した。
「それではご案内します」
ご案内ってどこに?
私は言われるまま歩いた。
そして、大きな扉の前に着いた。
「ナツメ、凄くキレイだよ」
振り返ると彼がいた。
「どうして祐真までそんな格好なの?」
「完璧にやらないとイメージが湧かないからな」
あんた、そこまでのめり込んでいたのかい。
だけど祐真、超かっこいいよ。
大きな扉が開いた。
祭壇には牧師さんが立っていた。
目の前にはバージンロード。
本当の結婚式みたい。
なんか…感動しちゃいそう。
「ナツメ」
私は彼からの手を取り歩いた。
一歩ずつゆっくりと歩いた。
パイプオルガンが奏でる賛美歌が響く。
夢を見ているみたい。
「皆藤祐真さん、あなたは新堂なつめさんを妻とすることを望みますか」
「はい、望みます」
「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも夫として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか」
「はい、誓います」
マジで? マジここまでしちゃうの?
祐真、あんたは凄すぎるわ。
「新堂なつめさん、あなたは皆藤祐真さんを夫とすることを望みますか」
「はい、望みます」
「順境にあっても逆境にあっても、病気のときも健康のときも夫として生涯、愛と忠実を尽くすことを誓いますか」
「はい、誓います」
私も本気でのめり込んだ。
けっこう私って演技派かも。
自分を大絶賛した。
「それでは誓いのキスを」
キタキタ〜クライマックスや〜
え?
キスもしちゃうの?
祐真……
キスしてもいいの?
祐真がベールをあげてくれた。
私は完全に素に戻っていた。
さっきまでのノリノリはどこかに飛んでいった。
「ナツメ……」
彼と唇が重なった。
私は真っ白になってしまった。
ちょっと、これはやりすぎじゃない?
いや、折角だからここまでやらないとね。
頭の中が支離滅裂になってきた。
「ナツメ」
「はい」
きゃー祐真ったら、そんな男前な顔しないでよ〜
すっごく、すっごく恥ずかしいよ〜
「結婚しよう」
祐真……最後の最後に順番が変だよ。
指輪の交換はキスの前だよ。
祐真らしいといえば祐真らしいけどね。
「受け取ってくれるか?」
祐真……?
どうなっているの?なんだか混乱してきた。
ひょっとしてひょっとすると…
本当に言ってくれているの?
どうしよう……
夢じゃないよね。
私……本気にしちゃうよ。
涙が溢れてきた。
「私、ずっと待っていたんだよ」
「遅くなってゴメンな」
会社に来ないかと誘われたときはうれしかった。
彼の近くにいられるから。
私は彼をずっと追いかけていた。
仕事が好きだなんてウソ。
それは彼が好きだったから。
誰のものにも、なってほしくなかったから。
「一生隣にいていい?」
「もちろんだよ」
『パチパチパチ〜』
チャペルの関係者が私達を祝福してくれた。
私は涙が止まらなかった。
結婚だけが幸せとは思わない。
だけど私は愛する人に寄り添って生きていきたい。
支え合って生きていきたい。
ずっとあなたを追いかけていたい。
言いたかったけど言えなかった言葉。
言ってしまえば全てが壊れると思っていた。
だから興味のないフリをしていた。
何年も必死に我慢していた。
あなたに伝えたかったこの気持ちを。
私は苦しみから解放された。
今、やっと言える。
このありふれた言葉を…
あなたが好き。
−おわり−
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