第1話 ドアの向こう
春になり所属部署が変わった。
僕は管理工事部から都市環境衛生部へ移った。
大学を卒業して2年いた工事部。
今までは現場に常駐するのが多かった。
1年のほとんどをプレハブでできた現場事務所で過ごした。
アパートに帰ってくるのは、2ヶ月に1回くらいのペースだった。
やっと普通の生活に戻れる。
でも、もう遅い。
部屋には彼女が持ってきた荷物は跡形もなく無くなっていた。
カギは玄関の下に落ちていた。
出て行くときに、郵便受けから入れたのだろう。
『さようなら、元気でね』
テーブルの上に置き手紙があった。
もう彼女は戻ってきてはくれないだろう。
高校の時から、付き合っては別れを繰り返した彼女。
今は好きな人ができたらしい。
−7月−
新しい職場にもすっかり慣れた。
明日から待ちに待った3連休が始まる。
特にすることはないけど、のんびりできるから楽しみだ。
「お疲れ様です」
7時過ぎに僕は会社を出た。
今日は近所の居酒屋で晩飯とするか。
僕は電車に乗り席に座った。
座った僕の視線の先に紺色のハイソックスが入ってきた。
女子高生が僕の前に立っている。
学校帰りかな?
それとも買い物の帰りかな?
女子高生の生足。
今の女子高生はスカートが短いな。
うちらが高校の時って女子はルーズソックスだったっけ。
最近は見たことないな。
そう考えながら読みかけの本を読んだ。
次の駅に着くと人が降りていった。
目の前になっていた女子高生は空いた席に座った。
女子高生は僕の正面に座った。
女子高生は足元に大きなスポーツ系のバッグを置いた。
ミディアムショートにスクエアの眼鏡。かわいい子だな。
それにしてもバッグがデカイなぁ。
これからお泊まりにでも行くのかな?
いいなぁ高校生の時が一番楽しかったもんな。
アナウンスが次の駅を告げた。
僕の降りる駅だ。
読みかけの本を鞄に入れた。
視線をあげると再び女子高生の紺ハイソが目に写った。
女子高生は携帯を見ながら座っている。
ごく当たり前の光景だ。
あっ、白パンツだ。
最近の子は膝元が緩いな。
パンツぐらい見られても平気なのかな。
とりあえずはラッキーとするか。
僕は電車を降りた。
するとさっきの女子高生も降りてきた。
改札を抜け通りに出た。
女子高生は僕の後ろを歩いていた。
同じ方向なんだ。
僕は気にもせずに歩いた。
途中にコンビニに寄り、雑誌と缶ビールを買った。
僕はアパートに寄り、着替えて玄関を出た。
階段を下りて道に出たときに、女の子が前を通り過ぎた。
さっきの女子高生?
あの大きいバッグはさっきの女子高生だ。
近所に住んでいるのか。
◇◇
いい感じに酔っぱらった。
たまに一人で居酒屋も悪くない。
明日はゆっくり寝ていられる。
そう思いながらアパートに向かった。
階段を上がり自分の部屋の階に着いた。
あの子は……
さっきの女子高生が、僕の部屋の隣の玄関前に立っていた。
先週引っ越ししていったお隣さん。
あの子は新しく隣に越してきたお隣さんなんだ。
隣の部屋は真っ暗だった。
まだ家の人は帰ってきてないのか。
僕は彼女に軽く会釈をして通り過ぎた。
そして、部屋に入った。
『カチッ』
タバコに火を付けてソファに座った。
テレビを付けてニュースを見た。
『ピンポーン』
玄関のチャイムが鳴った。
こんな時間に誰だろう?
お隣さんが挨拶にでもきたのかな。
「はい」
僕は玄関のドアを開けた。
ドアの向こうにはさっきの女子高生が立っていた。
「……」
彼女は無言で下を向いていた。
え〜っと、どうしよう。
「こんばんは」
とりあえず挨拶をしてみた。
彼女は顔を上げて僕に視線を合わせた。
少しすねたような表情だった。
女子高生……かわいいな。
「問題、私のパンツは何色だったでしょう」
かわいいと油断した自分がバカだった。
最近の女子高生は何を考えているのか分からない。
仲間がいてオレを脅して金でも巻き上げるつもりだな。
「え〜とね」
『ガチャン』
僕はドアを閉めた。
「痛いってバカ」
げっ、ドアに足を入れてきやがった。
コイツとんでもないヤツだな。
「おかしいって思ってたんだ」
「面白いこと言ってないよ」
「そっちの意味じゃねえって!お前、何を企んでいる」
「企んでないよ」
「いいから出て行け!」
「……バカ」
紺色のハイソックスが視界から消えていった。
玄関のドアが閉まり、静かになった。
いったい何なんだアイツは。
今の女子高校生はこんなに腐っているのか?
親の育て方が悪すぎるぞ。
せっかくいい感じに酔っぱらっていたのに。
酔いが一気に醒めたではないか。
『プシュッ』
缶ビールを開けた。
ビールを飲みながらテレビを見た。
「今夜は肌寒いですが、明日は真夏日になります」
お天気コーナーでお姉さんが明日の天気を伝えていた。
明日は暑いから部屋でゴロゴロしてよ。
時計を見ると11時を回っていた。
もう寝よう。
顔を洗って歯を磨いた。
外から風の音がしてきた。
けっこう風がでてきたな。
まさかな。
僕は玄関のドアをそっと開けてみた。
ドアの向こうには誰もいなかった。
静かにドアを閉めた。
……クソガキ。
もう一度ドアを開けた。
ドアを全開に開けた。
開ききったドアの先に小さく座り込む女の子がいた。
女の子はゆっくりと顔を上げた。
「放置プレイしないでよ」
「あのな」
「ないの……帰るところが」
震えながら小さな声で言った。
「立てる?」
「うん」
ゆっくりと彼女は立ち上がった。
そして、僕の腕に掴まった。
彼女の体はすっかり冷えきっていた。
「入っていいの?」
「死なれるよりマシだよ」
僕は知らない女子高生を部屋に入れた。
これから先のことも知らずに。
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