第20話 卒業の向こう
自分の部屋に戻ってきたのは日曜の夕方だった。
着ていた服を着替え、洗濯篭に放り込んだ。
そして、ソファにドカッと腰を下ろす。
「ふぅ〜」
ため息と同時に疲れが一気に出てきた。
何もする気になれず、横になって天井をボーッと見ていた。
「付き合っちゃいます?」
「えっ?」
「しちゃいましたし」
「……」
「少しはその子に恋愛感情があるんですね」
「……それはないよ」
「どうだか」
僕は由菜の保護者代理。
突然に強制的に同棲させられた被害者。
恋愛感情なんてあるわけないし、あってはならない。
由菜はまだ高校生だよ。
「あの日、先輩とまた会えたのは運命だと思っちゃいました」
そういうことを信じたい女の子は多いんだろうな。
由菜との出会い。
桐乃ちゃんとの再会。
ひょっとして、どちらかが運命の人だったりするのか?
「運命の人は私ですから……絶対」
裸の桐乃ちゃんが真剣な表情で言ったのを思い出した。
それを振り払うように強く目を閉じた。
そして、そのまま眠ってしまった。
◇◇
唇に触れる感触……
自分が眠っていたことを理解した。
ゆっくりと目を開けた。
さっきより暗くなった天井が見える。
右側に人の気配がある。
ゆっくりと顔を向ける。
「ただいま」
そこには頬を少し赤くした由菜が座っていた。
恥ずかしそうに僕の視線を外した。
「おかえり」
「うん」
いつもの日常に戻った瞬間だった。
そして、罪悪感……
今度は僕が視線の方向を変えた。
別に由菜には迷惑をかけていない。
なのに、どこか申し訳ないと感じている。
そんな心を振り切るように僕は立ち上がった。
「晩飯なに食べる?」
窓の外を見ながら由菜に聞いた。
夜に変わりつつある窓の向こうの景色。
「なんでもいいよ」
「食いに出るか」
「うん」
嬉しそうな由菜の声。
その声をあの時の桐乃ちゃんの声がかき消す。
「よし、好きな物ご馳走してやるぞ」
そう言って僕は由菜の頭をグシャグシャに撫でた。
「こっこら、何をする」
◇◇
ニット帽を被った由菜。
僕のジーンズの後ろポケットに由菜の手がかかる。
少しだけ後ろの由菜。
僕は振り返り顔を見た。
「なによ…バカ」
怒った表情で僕に言った。
ポケットにかかる手に少しだけ力が加わった。
しばらく歩いて店に着いた。
「私はこれにする」
「オレはこれにしようかな」
二人は洋食屋で夕食を食べることにした。
由菜はデミグラスハンバーグ。
僕はビーフシチューを注文した。
「美味しいね」
「美味いな」
あまり広くない店内。
この店は常連さんが多い隠れた名店だ。
お互いに食べ物を交換しながら夕食を楽しんだ。
「あのね、学校に来て欲しいんだ」
「学校ねぇ、えっ学校?」
「三者面談があるのだよ」
ニコニコしながら由菜が言った。
三者面談って、僕が行っていいのか?
「オレが面談に行くの?」
「他に誰がいるのよ」
「親戚のお姉さんとかいるんだろ」
「お姉ちゃんは絶対イヤ」
怒った表情で由菜が言う。
その表情を見て僕は何も言う気になれなくなった。
どうせ言っても由菜が拒否をするのは目に見えている。
「日にちと時間が分かったら教えてくれ」
「うん、了解しました」
クラスの子に変なこと言っていないよな。
いーや、何人かには言っているな。
祥子ちゃんとかには僕は由菜の彼氏になっている。
急激にテンションが下がってきた。
行きたくない……
◆◆◆
季節は確実に秋に変わってきている。
夜風がひんやりしてきた。
昼間の空も秋の雲が気持ちよさそうに浮かんでいる。
三者面談……その日が来てしまった。
本来であれば、もう三者面談は終わっている。
由菜だけが面談を行っていなかった。
茗荷谷駅で降りトボトボと由菜の通う高校に向かった。
この周りは学校が多いな。
だんだん緊張してきた。
緊張する理由……由菜の高校は女子校。
事務室に用件を伝え、面談場所に案内された。
授業時間は終わっており、生徒達の姿はほとんどない。
だけど、背中に視線を感じる……
『サッ』
僕は視線を感じた方に振り返った。
『シュッ』
一瞬、数人の姿が隠れたような気がした。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません」
「こちらでお待ちになっていて下さい」
「はい」
案内された扉を開けた。
扉の向こうには由菜が座っていた。
小さく手を振り笑ってくれた。
僕は由菜の隣に座った。
「緊張するな」
「女子校だからでしょ、変態」
「違うって」
「ウソだよん」
少ししてから担任の先生が現れた。
とても真面目そうな40代の男の人だった。
「川波さんの進路のことなのですが」
「はい」
先生の顔が険しくなっていった。
そして、先生の視線が鋭く僕に向けられた。
それはまるで敵意をぶつけるように……
「彼女は我が校の歴史の中でも、トップクラスの成績をおさめている生徒です」
マジでかよ、由菜はそんなに凄い生徒だったのか。
家にいるときは全然そんな感じに見えないぞ。
ツンデレで言葉の暴力女だぞ。
まぁ、最近は優しくなってきたけど。
「このままなら、東大や京大は容易に合格できるでしょう」
全く信じられない話を目の前でしている。
僕はどんなに努力してもそんな大学には入れなかった。
「川波さんの将来を真剣に考えておられますか?」
「先生、ちょっと待って下さい」
「君は黙っていなさい」
先生の口調が暴力的になった。
さっきより鋭い視線が僕に向けられた。
「どういうことですか?」
僕は先生に尋ねた。
「どういうことって、君は……」
先生は怒りを必死に抑えているように見えた。
それは両肩が震えていることで理解できる。
「君は彼女を騙しているのではないのか?」
「おっしゃっている意味が分からないのですが」
「ちょっと先生」
少しの間、濁ったような空気が流れた。
そして……
『バン!』
先生は両手をテーブルに叩きつけた。
乱暴に立ち上り、そのはずみで椅子が倒れた。
真っ赤になった先生の顔が激しい怒りに満ちている。
「卒業したら結婚するって話だよ」
卒業したら結婚する?
誰が結婚するんだ?
このおっさん、何の話をしている?
卒業。
そして結婚。
え〜っ!
そんな話になっているの?
神様、お願いですからウソだと言って下さい。
← Back Index Next →
◆初恋はいつでしたか?。 冬花の夏◆
★まんまと親友になってしまった女子高生。カネゴンと親友
ランキングに参加中です。一押し応援して頂けたら嬉しいです。 | |||||
NEWVEL | 乙女の裏路地 | Wandering Network |
恋愛ファンタジー 小説サーチ |
HONなび |