Nazca Novels 歯医者さんとヴァンパイア

第1話 不機嫌な彼女と忍び寄る影

夜道を歩く一人の女性。
ヒールの音がコツコツと住宅街に響き渡る。
都会の濁った夜空には満月が鈍く輝いていた。

「別に2年も前に別れた元カレだもん、結婚したからって関係ないじゃん」

2年ほど前に付き合っていた彼が結婚するという。
関係ないと言いながら、彼女の心の中は複雑だった。
歯科医師の彼女は、その彼と別れてからは寂しい毎日を過ごしている。
朝から晩まで他人の口の中を覗く毎日……出会いがない。
患者の中に好みの男性がいても、大きく開口している顔に幻滅してしまう。
現在、27歳の彼女には周りが全て幸せに溢れているように思える。
友人はお嫁に行きだし、母親には嫁に行けと責め立てられる。

「なんかイライラしちゃうな〜生理前だし」

ストレス意外なことも溜まっているようである。
彼女は行きつけのバーで、一人酒を寂しく楽しんできた帰り道なのだ。
まあ、実のところは楽しめてはこられなかったのが本当である。

彼女が一人で飲んでいるところに友人からメールが入った。

『祐平君が結婚するんだって』

彼は半年の交際を経てゴールインするのだそうだ。
彼女はそこが気に入らなかった。

「私は2年付き合ったのに……」

まるで寝取られたような被害妄想に陥ってしまった。
いい感じに酒が入っていたので始末が悪かった。

「どうせすぐに離婚するに決まってる」

完全に負け組の嫌な女になっている。
ここまで来たら手が着けられない。

「私はこんなに頑張っているのに」

今度は悲しみの世界に入り込んでいった。
かなりの重傷である。

そんな彼女を付け狙う黒い影。
その影はジワジワと彼女の背後に近づいていった。
何も知らずにブリブリと不機嫌な彼女。
聞こえるのは彼女のヒールの音だけ。
危険な影はすぐ後ろまで迫ってきていた。


空には満月が鈍く輝いている ――


若手の売れっ子作家の彼は、1ヶ月ほど前にヨーロッパに行った。
中世の街並みを自分の感性に任せてデジカメに納めた。
日本に帰る前日、彼は夜の街を歩いた。
ライトアップされる街並みは、日本では味わえない美しさがあった。
そこに幻想的に映る小さな教会が目に入った。

「誰かいる」

教会の敷地の中に女性らしき人影が見えた。
彼は吸い寄せられるように敷地の中に入っていった。

「気のせいだったのか」

そこに人はいなかった。
当たりを見渡したが、気配すら感じなかった。
目の前にたたずむ小さな教会。
淡くライトアップされた教会は、歴史を感じさせる建造物だった。
彼はその歴史ある建造物をデジカメに納めようとした。

「?」

その瞬間、背中のすぐ後ろに気配を感じた。
振り返ろうとしたとき、首筋に軽い痛みを覚えた。

「あっ」

そこには若い女性が立っていた。
彼女は優しい笑顔で彼を見ている。
そして彼に一言、こう言った。

「あなたが助けてあげて」

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