Nazca Novels 歯医者さんとヴァンパイア

第2話 月は丸く

優しい笑顔で言った、助けてあげていう言葉。
幻想的に映る彼女の後ろには、白く丸い月が浮かんでいた。

「助けるってどういう意味なんだ?」

そう問いかけた時、首筋に違和感を覚えた。
右手で首筋を触ってみる。
そして、触った指先を見た。
指先には少量の血が付いていた。

「これは……」

背筋が凍えたような寒気を感じた。
満月の夜、首筋の歯形……物語だけの架空の存在。
彼は夢の中にいるのではと、自分の今の状況を疑った。
しかし、紛れもない現実だとすぐに悟った。

「君は人ではないのか? オレも君と同じ存在になってしまったのか?」
「それは今度の満月の日に分かるわ」
「何故こんなことをオレにしたんだ」
「貴方しかいないから。それだけよ」
「それだけって」

あまりにも身勝手な彼女に怒りを覚えた。

「貴方には才能があるわ。その才能を求めている人に使ってあげて」
「それとこれとは関係ないだろう!」
「それは運命が決めることよ。後のことは貴方次第だわ」

言葉の意味が理解できなかった。
どうして彼女と同じ存在にならなければいけないのか。
自分の才能というのに何の関係があるのか。
怒りにまかせて睨みつけた。
彼女は真っ直ぐに彼を見ていた。
私の目に狂いはない。
彼女から自信めいたオーラを感じさせた。

「腐っていくこの世界で貴方の才能が心の病んだ人を救えるのなら、それは貴方に下された天命なのです」
「まさかオオカミには変身しないだろうな」
「あれは物語の話ですわ」

彼は心の中でヴァンパイアも同じだろうと思った。
しかしながら、この状況では言えなかった。

「君と同じことをすれば、その人もオレと同じ存在になるだろう」
「それは大丈夫よ。私は使命のある人だけに力を与えているから」

その言葉を聞いて彼は少しだけ気持ちが楽になった。
他人を自分と同じ目に遭わせなくていい。

「我慢してもいいのよ。我慢できればだけどね」
「オレは人を襲ったりはしない」
「それを待っている人がいるかも」
「いねえよ!」

吐き捨てるように言葉をぶつけた。
そんな彼に彼女はニッコリと微笑んだ。

「一度失えば能力は無くなるの。だから大事に使ってね」
「失うって何をだよ」

問いかけようとしたとき、彼女はスーッと闇に中に消えていった。


空には満月が鈍く輝いている ――


彼女に近づく黒い影。
それは日本に戻ってきていた彼だった。
人を襲ってはいけない…心の中でそう叫んでいた。
しかし、体が求めていた。
ヴァンパイアと化した彼は、本能に飲み込まれていた。
白い首筋がすぐ目の前にある。

早くオレから逃げてくれ。

そう思う心とは裏腹に、両手が彼女に伸びていく。
静かな夜の住宅街。
ヒールの音がコツコツと響き渡る。

『ガシッ』

彼女の足音が止まった。
それはまるで周りの時間を止めるかのように。

驚いて振り返る彼女。

一瞬の出来事に声が出なかった。
バッグが肩から滑り落ちる。
瞳に映る男の顔。
その向こうに見える丸い月。

静かな夜が悪夢の夜に変わろうとしていた。

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