第4話 忘れた感覚
月日が経つのは早いもので、あれから一年が経った。
私はというと、一年前とは何も変わっていない。
ただ年齢という名の老化を一つ重ねただけ。
三十路に向かってまっしぐらである。
「今度いい人紹介してあげる」
友達に半ば強引に紹介された。
信用金庫に勤める山居幸作さん。
とても爽やかな笑顔の好青年だった。
「ナツメ、お前はもっとおしゃれした方がいいぞ」
「そうかね〜」
「他人事にするなって、キレイな顔しているのにもったいないぞ」
「そう思ってくれているの?」
それは思ってもいなかった言葉だった。
ちょっとうれしい。
「少しは女を磨け、ジャガイモは洗わないと食べられない」
「……どういう例えなのよ!」
一気にテンションが下がった。
しょうがないか、所詮私は一介の女社員なのだから。
「今日はお先です」
「お疲れ」
今日は山居さんと夕食を食べに行く。
私はレストランに向かった。
「美味しいです」
「それはよかった」
雰囲気のあるお店でいい感じになった。
ひょっとしたら、ひょっとしちゃうかも…
私は心の中でニヤけていた。
「仕事ってそんなに忙しいの?」
「忙しいけど大好きなんです」
私は彼に今の仕事の話をした
そして、勢い余って余計なことまで喋ってしまった。
余計なこととは、今のこの女らしくない生活をしていることだ。
ほとんどを会社で過ごし、おまけに寝泊まりしている生活。
彼は微かに苦笑いをしていた。
それは彼の求めるものとは異なることを意味していた。
「体には気を付けて頑張ってね」
その後、一度だけ彼に会った。
それっきりだった。
◇◇
「凄く気持ちよかった」
「翠、なんかあった?」
「私ね、神戸にお嫁に行くから」
「そっか」
ちょっと寂しくなるな。
だけど、そろそろって思っていたからいいか。
「いい人か?」
「いい人だけど、体の相性は祐真の方がずっと上かな」
「それじゃオレでいいんじゃない」
「……そんな気ないくせに」
彼女は少しいじけたような表情で言った。
高校生の時、僕は彼女のその表情に心を奪われた。
近くにいても遠くに感じる。
捕まえられそうで捕まえられない。
それが彼女の魅力だった。
「幸せになれよ」
「うん」
そう言って僕は彼女とホテルの前で別れた。
彼女は六本木通りの方に歩いていった。
人の波に吸い寄せられるように消えていった。
◇◇
昨日は今年の最高気温を更新した。
外に出たくなかったので会社に泊まった。
エアコンが強制的に涼しくさせるこの空間から出る気になれなかった。
彼は昨晩も帰ってこなかった。(朝に帰ってきたけど)
私は彼みたいなことはできない。
仕事と恋愛を両立させることを私はできるのだろうか?
私は彼に異性と付き合う極意を聞いてみたいと強く思った。
「そんなこと考えたことないな」
聞くだけ無駄だった。
そもそもこんな女を誰が好きになってくれる?
少しは自分を磨くとか、何か努力をしているとか……
な〜んにもしていないのに、男が欲しいなんて…このメスブタが。
自分にツッコミを入れて余計に寂しくなった。
「お前、閉経しちゃうぞ」
「もの凄〜いセクハラを言ってのけたね」
「真面目に恋でもしてみろよ」
「祐真は順調なの?」
「オレはオレのペースでやっているよ」
「羨ましいかも」
「少しはオレを見習えよ」
「へい」
私はそんな芸当はできない。
そもそも、恋愛なんていつしたかも忘れたよ。
胸がキュンとなる感覚が分からん。
「恋愛シミュレーションのゲームでも買ってこようかな」
「そんなのはアキバのネカフェでも行ってやってくれ」
「冗談だってば」
「目指す方向が間違っているぞ」
「……へい」
彼は呆れ顔で打ち合わせに出かけた。
あ〜あ、話し相手がいなくなっちゃった。
真面目に仕事しよ。
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