第11話 逆回りの朝
海沿いの景色を見ながら、ゆっくりと都心に向かった。
部屋に戻ってきたのは夕方だった。
夕食は近くの弁当屋で買ってきたハンバーグ弁当を食べた。
「疲れた」
「由菜は隣で寝ていただけだろ」
「うるさいなぁ〜」
「はいはい」
由菜が夕食の片づけをしている間、僕はソファで横になった。
一気に疲れが出てきたみたいだ。
やっぱり自分の部屋が一番落ち着く。
眠たくなってきた。
コップを洗う音が聞こえる。
由菜の歩く音が聞こえる。
当たり前の日常になっている。
静かに時間だけが過ぎていった。
僕は完全に眠ってしまった。
「寝てるし……洗濯でもしよ」
PM 9:12 ⇒
目が覚めると、僕の胸にもたれ眠る由菜がいた。
少し体を動かしたら、由菜の目が開いた。
「あれ? 私も眠ってた」
由菜は眠そうに顔をしながら起き上がった。
冷蔵庫からミネラルウォータを取り出して飲んだ。
「自分の場所で寝て」
「はいはい」
「はいは一回でしょ」
「お前は母親か」
「うるさい」
僕は歯を磨いてベッドに入った。
昨日の宿も良かったけど、やっぱり自分のベッドが一番落ち着くよ。
う〜ん、さっきまで寝ていたから、なかなか眠れないな。
由菜は寝たのかな?
彼女はソファでスヤスヤと眠っていた。
コイツもけっこう疲れたんだな。
由菜は眠っている顔が一番かわいいな。
憎まれ口も叩かれないしね。
そう思いながらベッドに戻った。
いつものように由菜の場所を確保しながら。
……アイツ、今日は来ないじゃん。
よっぽど疲れたのか。
だけど、アイツは助手席で爆睡していたじゃん。
若いくせに体力がないな。
いつも夜中に由菜がベッドに忍び込んでくる。
それは今では当たり前の日常になっている。
でも、今夜はほんの少しだけ非日常になっている。
由菜はなかなか来なかった。
僕は何を期待しているのだろう?
なんか眠れなくなってきたし。
AM 6:00 ⇒
目覚まし時計の音で目が覚めた。
凄く眠い。完全に寝不足だ。
あれ?
いつの間にか隣に由菜が寝ていた。
全然気がつかなかったな。
だけど、少しだけホッとした。
「由菜、朝だぞ」
「あと25分」
「なんだよ、その微妙な時間は」
「ベッドに入ったのが遅かったから眠いの」
「トースト焼けたら起こすぞ」
二人とも寝不足のまま部屋を出た。
太陽の光が眩しくて辛かった。
「早く帰っておいでよ」
「なるべくね」
「絶対だよ」
「はいはい」
「はいは1回」
PM 7:15 ⇒
明日の用意をして会社を出た。
時計を見ると7時を過ぎていた。
急な出張が入った。
明日は横浜に1泊の出張だ。
出張か、そういえば久しぶりだな。
中華街で飲んじゃおうっと。
そうだ、横浜に行くなら瑞穂を誘って飲むか。
「もしもし瑞穂、オレだけど明日の夜はヒマ?」
「こっち来るの? 飲もうよ」
「終わったら連絡して」
「了解」
早く帰らないと由菜に怒られるな。
早足で駅に向かった。
山手線は混んでいた。
それはいつものことで、もう慣れている。
そういえば、由菜に初めて会った日もこの位の時間だったな。
あの日は妙に電車が空いていて、偶然にも座席に座れた。
新宿駅で、いきなり座れたことなんて一度もなかった。
ひょっとしたら運命だったのか?
運命だったら神様は僕に酷い試練を与えてくれなさった。
毎日罵声を浴びせられ、バカ呼ばわりされる。
僕は本当にバカなんだと、洗脳させられてしまいそうだ。
だ・け・ど、
明日は出張だ〜い! パラダイスだ.
久しぶりに平和な一日を堪能できる。
中華街で旨いの食って、たらふく飲んでやる。
すげー楽しみだな。
「ただいま」
「飢え死にさせる気?」
明日の夜は言葉の暴力から解放される。
「オレさ、明日横浜に出張だから」
「帰ってこないの?」
「一泊だけどね」
「……そっ」
どうでもいいって態度だった。
ホントは寂しいくせに。
って、違うか。
PM 11:23 ⇒
もうこんな時間か。
「オレは寝るわ」
そう言ってベッドに入った。
明日の準備もしたし、さっさと寝よう。
「私も寝る」
由菜がベッドに入ってきた。
あれ? いきなりベッドインですか。
「何よ、なんか文句ある?」
「……ないです」
明日の夜、由菜は独りぼっちになるな。
たまには一人の夜もいいだろう。
寂しいとか思ってくれたりするのかな?
「寂しい?」
「うるさいバカ」
かわいくねぇな由菜ちゃんは。
寂しいとか言ってくれたらかわいいのにさっ。
おじさんも凄く喜んじゃうのにな。
−翌日−
会社には寄らずに真っ直ぐ横浜に行く。
とりあえずは新橋まで行って乗り換えか。
横浜駅から本当に歩いて行けるのか? 港湾事務所って。
そんなことを考えながら、いつもの駅まで歩いた。
「お土産買って帰るね」
「いらない」
「かわいくないなぁ」
「それより……早く帰ってきて」
由菜の横顔が寂しそうに見えた。
「……うん」
いつもの逆の進行方向に電車は進んでいった。
僕は少しだけ胸が痛くなった。
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