Nazca Novels 雪原に舞い散る赤い雪

第18話 不機嫌な理由

両親は私が生まれてからすぐに離婚した。
母は女手一つで兄と私を育ててくれた。
兄は結婚して大阪にいる。
母はいつも忙しく、ほとんど家にいない。
たまに帰ってきても、部屋にこもって仕事をしている。
ずーっとこんな毎日だった。

温もりって何だろう……

母に求めることができないのならば、誰かに求めるしかない。
私は他人にそれを求めるしかなかった。
それに一瞬でも応えてくれるなら、自分の躰なんてどうでもよかった。
その場限りの快感を、温もりにすり替えて過ごした。

いつも感じていたい……

ある日の学校帰り、一人の男の子が子犬と戯れていた。
制服の汚れも気にせず優しい顔で。
私は彼なら感じさせてもらえると思った。

温もりを感じたい……

彼には彼の都合がある。
時間をかければ彼との距離は縮まると信じていた。
それなのに、私は偽物の温もりを誰かに毎日求めた。
彼を裏切っているのは分かっていた。
でも、誰もいない部屋に帰るのは耐えられなかった。

彼を裏切ってしまった…許してくれるはずがない。
学校に行ったら、あの日のことが噂になって広まっているかもしれない。
私はもうこの学校にはいられなくなる。
そうなったら死ぬしかないよね。

私は何を求めて生きているのだろう。


◇◇


月曜日に志緒理の姿は学校に無かったらしい。
あの日のことを僕は何も言うつもりはない。
彼女だった志緒理のためでもあり、僕のためでもあるからだ。
それに、僕は十分に満足している。
もう彼女とは関係ない。
それだけだ。

「今日は来ているみたいだぞ」
「もうどうでもいいっしょ」
「今週の合コンどうよ」
「パス」
「頼むって葵と有希那に頼まれたのよ」
「なおさらイヤだ」

しかしながら、真弥には色々と世話になった。
いつも断ってばかりだったので、今回は引き受けた。

「英太、ヨロシクね」


昼休みに相良さんに呼ばれた。
彼女は志緒理の仲良しの友達でクラスメイト。

「どうして志緒理と別れたの?」
「アイツはなんて言ってた」
「何も言わないの」
「他に好きな人がいるみたいだから…それで別れたんだ」
「そうなの」

僕はそう言ってごまかした。
本当の事なんて言えないし、言うつもりもなかった。


◇◇


自由になった僕は帰り道の足どりも軽かった。
真弥と男の下ネタ話をしながら帰った。
余計なことを考えなくてもいい。
これはこれで楽しいじゃん。
やっぱ彼女はいらないよ。
彼女は大学に受かったら考えよう。
きっといい出会いがあるさ。
僕と真弥は地下鉄に乗り込んだ。
乗り込んだ途端、隣の車両から女の子がバタバタとやって来た。

「英太も来るんでしょ」

声の主は葵だった。
有希那と後輩の純夏ちゃんも一緒だった。

「なんか乗り気じゃないね」
「お前がいるからな」
「ワオ!元カノにそんな辛いこと言っちゃうんだ」
「何がワオだよ」

どこに元カノと合コンしてテンションの上がるヤツがいるかって。
それに有希那まで一緒じゃ先が見えてるって。
仮に他の子と仲良くなって盛り上がったとする。
その子と二人っきりで遊んだりする仲に発展したとする。
そうなった大変だ。

デートしたの?
どこ行ったの?
手繋いだ?
キスした?
エッチした?

絶対にその子にも僕にも執拗に聞いてくるに違いない。
そんな籠の中の鳥みたいになるのがオチだよ。
そう思うとメッチャ行きたくない。
気が滅入ってきた。

「みんなかわいいから期待していてね」
「その中にお前らは含まれているのか?」
「英太、今死ね」

結局こんなオチになってしまう。
でも、今日は楽しい。
何も気にせずに葵たちとバカ話ができる。

あれ?

いつもは横で笑う純夏ちゃんが妙に静かだ。
機嫌が悪いのかな?

「バイバイ」

僕と純夏ちゃんは地下鉄を降りた。
純夏ちゃん、元気ないな。

「調子悪いの?」
「悪くないですよ」
「なんかあった?」
「……」

あら、なんか怒ってない?

「彼女とはどうなったんですか?」
「別れたよ」
「本当ですか?」
「ホントだよ」

一瞬、彼女の表情が明るくなった気がした。
あ…元に戻った。
やっぱ不機嫌だよ。

「合コン行くんですね」
「うん、今回ばかりは断れなくて」
「……そうですか」

なんとも微妙な空気が二人を包んでいる。
僕はそれ以上話しかけなかった。
誰でも機嫌の悪い日はあるからね。

それにしても、家までの距離が異常に遠く感じる。

「オレ、コンビによって帰るから」

適当な理由を付けて彼女から逃げた。
自由の身になれた僕に、この重苦しい空気は似合わないよ。
それに、彼女にそこまで気を使う義理もない。

うっ、背中になんか感じる……

振り返ると、彼女は僕の後ろにいた。

「純夏ちゃんも寄るの?」
「合コンで誰かと仲良くなったら……」
「え?」
「何でもないです」

ひょっとして不機嫌の原因は僕にあるのか?
そんなはずないよな。
あ〜分かった、合コン=不純な動機だ。
それで僕に対して幻滅しているんだ。
無いとはいえばウソになるけど…
今回は特にそんなんじゃないよ。

「別に彼女を作るワケじゃないから」
「……違うんですか?」
「ホントは行きたくないよマジで」
「本当ですか?」

なんで彼女に責められなきゃいけないのかなぁ。
オレって別に悪いことしてないんだけど。
でも、機嫌を直してくれるならいいか。
なんかいい言葉はないかなぁ。
僕は適当な言葉を探した。

「合コン行くなら純夏ちゃんとデートしたかったよ」
「ホント?」
「ホントだよ」

彼女の表情が明るくなった。
僕はホッとした。
なんとかこの場を切り抜けることができた。

「じゃあ本当にデートしてください」

へっ?マジで?
予定外の言葉が返ってきた。
言った手前イヤとは言えないよな〜

「いいよ」
「絶対ですからね」

僕は適当なことは言うものじゃないと後悔した。

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