Nazca Novels 雪原に舞い散る赤い雪

第20話 沈む気持ちを癒す笑顔

「雨やんだね」

ずっと降り続いていた雨はいつの間にかやんでいた。
開かない窓の向こうは星空が見えているのかもしれない。

「寒くない?」
「大丈夫、英太にくっついているから」

互いの肌の暖かさを感じながら、二人は抱き合って眠った。
有希那の携帯が鳴って目が覚めた。

「おはよ葵、今お姉ちゃんのマンションだよ。英太?あれから別れたから知らないよ」

すぐ隣にいる有希那は親友にウソを言った。
僕は少しだけ心が痛くなった。
もし本当のことを知ったら、葵はどう思うのだろう?
いや、そんなことは関係ないよ。
もう葵は僕の彼女でもなんでもないから。
ただ、有希那とはずっと仲良しでいてほしいな。
今日のことを知ってしまったとしても。

「葵が英太と付き合った理由と別れた理由……知ってる?」
「ただ単純に好きじゃなくなったんだろ」
「そんなんじゃないよ」
「違うのか」

とりあえず葵は彼氏を作ってみたかった。
僕は葵の一番身近にいた男友達の一人だった。
葵の一番好きな人には彼女がいた。
僕は二番目で、繰り上がり当選だった。

「英太、私の彼氏になって」

純情だったあの頃の僕はまともに受けとめた。
僕は葵の飾らない笑顔が好きだったから。

「だけど、友達だった頃の方が楽しかったんだって」
「……」
「だから別れたの」

別れた理由は僕も大体は分かっていた。
だけど、付き合った理由がそんな軽いノリだったとはショックだった。
そうだよなぁ確かに付き合っていたときより、友達だった方が楽しかったよな。
二人きりのときはケンカの方が多かったから。

「私の方が本気で好きだったんだよ」
「ウソつけ」
「本当だよ、だけど私はみんなの関係が壊れるのが怖くて言えなかった」
「……」
「それに英太は葵のことが好きだって知っていたしね」

あの時、葵じゃなくて有希那だったら僕は笑ってごまかして逃げただろう。

「元カレの前で葵は、全然気にもせずに他の男の子と楽しそうだった」
「それは別にいいんじゃない」
「そんな葵を見て私は英太を奪っていったあの日のことを思い出したの」
「それでここにいるのか」
「うん、軽い気持ちで英太と付き合った葵のことを、私はどこかで恨んでいたの」
「……」
「これでスッキリしたかも」

有希那の方が葵よりずっと大人だったと思っていた。
実際は葵の方が計算高くてしたたかな人間なのかもしれない。
あの日、葵は仲間の輪より自分を優先した。
僕も仲間の輪より葵を選んだ。
友達から恋人になった二人は些細なことでケンカをした。
結局は別れて元の友達仲間に戻った。
けれど、友達に戻った二人は前ほどの笑顔は取り戻せなかった。
過ぎ去ったこととはいえ、僕は今更ながら改めて後悔した。

「今度は私と付き合う?」
「謹んでお断りするよ」
「酷いなぁ〜あげちゃったのに」
「だって初めてなんて知らなかったもん」
「私のことをどう見ていたの?」
「いや、マジで彼氏いなかったんだなぁって思ってた」
「女の子にとっては大事な一日になったのに……あんた今度絶対殺すから」

有希那は後悔していないのだろうか。
葵に対しての当てつけとしても、代償が大きすぎるはず。
こんな僕で良かったはずはないと思う。
急に気持ちが重たくなってきた。

「後悔はしてないから安心して」


◇◇


月曜の朝は遅刻ギリギリに学校に着いた。
別に寝坊したわけではない。
ただ学校に行きたくなかっただけ。

合コン……やっぱ行かなきゃよかった。

合コン自体は盛り上がって楽しかった。
だけど、あの雨が悪かった。
有希那とあんなことになってしまった。
知りたくないことも知ってしまった。
戻れない日のことを思い出して後悔もした。

雨なんか降らなければよかったのに……
降っていなければ、こんな重たい気持ちにならずに済んだはずだから。

「バイト早いから速攻で帰るわ」

授業が終わった途端、真弥がそう言い残して帰って行った。
今日は行きも帰りも一人か。
そう思いながら教室のドアを開けた。
そこに偶然にも志緒理が通りかかった。
彼女は僕と目を合わせずに、お辞儀だけして足早に視界から消えていった。

せっかく志緒理と別れて楽になったのに。
楽しくなれるはずだったのに……
心の隅っこに閉じこめてあった過去の後悔。
友達以上にしてはいけなかった友達。

後悔じゃない。
本当は違う。

僕は葵を許せないと思っている。
あの日、軽い気持ちで付き合ってと言った葵を。

「先輩」

僕を呼ぶ声がした。
そこには純夏ちゃんがいた。
どうしてここにいるの?

「ここにいたら会えるかなって」
「待ってたの?」
「朝は会えませんでしたから」

彼女は恥ずかしそうに笑った。
僕はその笑顔に少しだけ救われた。

「帰ろっか」
「はい」

二人は駅に向かって歩き出した。
周りには当然ながら同じ学校の生徒達が歩いている。
僕の隣には違う学校の制服を着た女の子がいる。
周りの視線を感じながら歩いた。

彼女は合コンのことは何も聞いてはこなかった。
話したくもなかったので助かった。
じゃあなんで待っていたのだろう?

あ…思い出した。

純夏ちゃんとデートするって約束したんだ。
わざわざ来たのはそのためかな?

「デート、どこ行きたい?」

その言葉を聞いた途端、彼女の表情が明るくなった。
やっぱりそうだったんだ。

「海に行きたいです」

そういえばもう完全に夏だよな。
夏といえば海水浴だよ。

「泳いじゃう?」
「はい」
「テストあるから夏休みになってからでいい?」
「全然OKですぅ」

その前にテストでいい点を取らなくては…
赤点なんて取ったら地獄を見ることになるから。
高校生活最後の夏休みを学校で過ごすのは悲しすぎる。
それと、純夏ちゃんの水着姿…
前に地下鉄に乗ったときにチラッと見えた。
絶対にいいものを隠し持っているはず。

「大胆な水着期待してるよ」
「……先輩エッチです」

嫌な過去は無理矢理でも心の隅っこに閉じこめたかった。
いつまでも過ぎたことを引きずったりしたくない。

「私、凄く楽しみです」

彼女は笑顔でそう言った。
その笑顔が僕の心を癒してくれた。

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