Nazca Novels 雪原に舞い散る赤い雪

第26話 眠るときは一緒

久しぶりに聞く志緒理の声。
声を聞くまで思い出せなかった。
彼女とは終わった過去の話……
別にどうでもいいことだ。

「どうして?」

志緒理が不思議そうな声で聞いてきた。
さっさと用件を済まそう。

「どこにいる?」
「……合宿」
「合宿? 何の合宿だよ」
「受験勉強の合宿」

意外な言葉が返ってきた。

あの事件以来、彼女は急に変わった。
最近、急激に成績が上がってきている。
学校も休まなくなり、別人のように勉強するようになったらしい。
相良さんはその変わり様を心配している。

「相良さんが心配していたぞ」
「ゴメン」
「母さんも心配しているって」
「……お母さんなんか別にいいよ」
「そんなこと言うなって」
「一人で生きていくって決めたの。いい大学入って、いいところに就職しないと一人じゃ生きていけないもん」
「志緒理……」

何を言っていいのか分からなくなった。

一人で生きていくなんて、簡単に言葉にしないだろう。
少なくても僕は、一度もそう思ったことがない。
人は誰かと繋がりながら生きていくものだと僕は思うから。
例えそれが見えないとしても、どこかで繋がっているはずだから。

「あの時はありがとうね」
「……」
「声を聞けてうれしかったよ」

その声は涙声になっていた。
僕は気の利いた言葉が思いつかなかった。

「おやすみ」
「おやすみなさい」


−翌日−

僕は相良さんに電話をかけた。
会話の内容を少し教えた。

「お母さんにも伝えてあげてね」
「ありがとう金崎君、私から伝えておくよ」
「相良さん、志緒理と仲良くしてあげてね」
「……金崎君っていい人なんだね」

志緒理のことなんかどうでもいいって思っていた。
思っていたけど、心のどこかでずっと引っかかっていた。
もっと彼女と同じ時間を過ごせていたらって。
僕は彼女を理解してあげられたかもしれないって。
求めることをしてあげられたかもしれない。
受け止めることができたのかもしれない。
別れずにいられたのかもしれない。

一人で生きていくなんて、思わせなかったかもしれない。


◆◆◆


バイト三昧の夏休みが続いた。
当然ながら学生としての本業はおろそかになっている。
故に親からは来年の受験のことをグチグチ言われた。
今さら勉強したってロクな大学に行けないよ。
とはいっても高卒なんか就職もままならないよな。
何の才能もない自分が情けないよ。

「英太、そろそろお墓参りに出かけるわよ」
「うん」

夏休み3回目のバイトの休み。
その日は墓参りに半日を奪われてしまった。
家に戻ってきたら、もうどこにも行く気になれなかった。
結局は部屋で寝てしまい、目が覚めたら夕方だった。
ふと携帯に目をやると、メールが2件入っていた。

『今日はバイトお休みですよね』

純夏ちゃんからのメールだった。

『返ってこない……寂しいです』

2件とも純夏ちゃんだった。
ヤバッ、いじけちゃったかな?

『ゴメン、昼寝してた』

慌てて返信した。

『お散歩したいです』

速攻で返ってきた。

『6時にコンベンションの前に集合』

『了解しました♪』

再び速攻で返ってきた。
会いたがってくれているのが嬉しかった。

・・・・・⇒

待ち合わせの場所に彼女はいた。
彼女の後ろ姿が大きなガラスに映っていた。

「とりあえずアイスでも食べよっか」
「はい」

元々は貨物列車の駅があったらしい。
僕の生まれる前の話で、今現在は当時の面影は残っていない。
今は近代的な建物と複合施設が建ち並んでいる。
5年後、この街はどう変わっているのだろう。

「どうしたんですか?」
「いやぁあのね」

僕は考えていたことを彼女に話した。

「なんか……おじさんみたいです」

ジト目で彼女は僕を見た。

「そんな目で見るなよ」
「だけど、二人でタイムスリップして見に行ってみたいですね」
「そうだね」

彼女は手を繋いできた。
二人はごく自然に寄り添って歩いた。
夕方の夏の空には秋の雲も浮かんでいた。

「先輩、お散歩の後の予定は?」
「帰って寝るだけだよ」
「じゃあ私のお部屋に行きましょう」
「えっ、マジで?」
「今夜は私一人で寂しいです」

そう言って左腕に抱きついてきた。
二人きり……△※♂+♀=♪
僕は必死に平静を装った。
しかし、頭の中は裸の彼女でいっぱいになっていた。

「ねっ」


◇◇


時折、パトカーのサイレンが聞こえてくる。
それ以外は静かな深夜の街だった。

『カシッ』

彼女は少しカーテンを開けた。

「あの窓が先輩のお部屋ですよ」
「ホントだ」

裸の彼女の向こうには、僕の部屋の窓が見える。

「先輩のお部屋の明かりが消えると私も眠るんです」
「ウソつけ」
「ホントだもん」

いじけた表情で抱きついてきた。
僕の胸に顔を乗せ、僕の唇を指でなぞった。

「そうすると一緒にいるみたいでよく眠れるんです」
「じゃあ今日はもっとよく眠れるね」
「うれしくて眠れないかもです」

そう言って僕にキスした。

「大好き」

抱き合いながら二人は眠った。
空にはきれいな月が浮かんでいた。
週明けには2学期が始まる。

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