Nazca Novels 雪原に舞い散る赤い雪

第30話 敵意

夏休み明けの模試が終わった。
意外と頑張ったので点数はまあまあだった。
とはいっても……この程度の点数じゃ大した大学には行けないなぁ。

「元カノは21位だったぞ」

真弥が後ろから話しかけてきた。
この前は29位だったな。
志緒理のヤツ、凄いな。

「オレには関係ないよ」
「一応報告しただけだよ」

模試が終わると気が抜ける。
今日は授業が超長く感じた。
それでも今日は午前中で終わりだから助かった。
バイトも今日まで休みだからのんびりできる。

「帰ろうぜ」

僕と真弥は教室を出た。
どうでもいい会話をしながら玄関に向かった。

「あ…」

志緒理とバッタリと鉢合わせの格好になった。
彼女は少しだけ驚いた表情をして、小さく声を上げた。

「よっ」
「うん」

お互いに短い言葉を発した。
恥ずかしそうな顔をして彼女は下を向いた。
そして、力が抜けたように膝をついた。

「志緒理、大丈夫か」

周りがざわめき始めた。
僕は彼女を抱き起こそうとした。
力が入らない彼女は僕の胸に顔を埋める格好になった。
勘違いした連中が二人をからかうように騒いだ。

「より戻ったんじゃない」

背中から女子の会話が聞こえてきた。
だけど今はそんな状況ではない。
とりあえず保健室に連れて行かなきゃ。

「真弥、保健室に連れて行くから先に帰ってくれ」
「了解だよ」

なんとか立ち上がらせ、僕は彼女を連れて保健室に向かった。
志緒理ってこんなに細かったっけ?
付き合っていた頃はもっと健康的だったと思う。
いろいろあったのは理解できるけど、これは痩せすぎだろ。

「ごめんなさい。ごめんなさい」
「ちょっと、泣くなって」

彼女はぽろぽろと涙を流しながら僕に謝った。
抱きしめたら折れてしまいそうな細い肩が、とても痛々しく感じた。

あの日、彼女は知らない男達と知らないマンションの部屋にいた。
裸の彼女に僕はさよならを告げた。
裏切りという罪の重さを理解させてあげた。

細くなった肩は罪の代償なのだろうか。
僕は彼女をここまで追い込んでしまったのか。

だとしたら……

「志緒理、もう無理するなって。オレはもう怒っても恨んでもいないから」
「英太……」

保健室のドアの前で彼女は足を止めた。
細い肩が小さく震えだした。
涙で真っ赤になった瞳は僕を映しだした。

「英太ごめんなさい」

小さな子供が泣き叫ぶように彼女は声を出して泣いた。

「もういいから」

僕は彼女の頭を撫でてあげた。
彼女は僕に抱きついて震えながら泣いた。
もういい。
志緒理は十分に罰を受けた。
これ以上は僕が辛くなる。
あの日を僕が後悔してしまう。

「保健室の前で泣かさないの」

先生が出てきて怒られた。
僕は彼女が倒れたと報告した。

「貧血ね、少し横になっていこうか」

ベッドに横になった彼女はすぐに眠ってしまった。
少し開いた窓からの風が白いカーテンを揺らした。

「南さん、最近頑張り過ぎよね」

ポツンと先生が言った。


◇◇


少し横になるはずが、かなり横になった。
志緒理が目を覚ましたのは3時過ぎだった。

「ごねんなさい」
「別にいいよ」

口を開けばごめんなさいと言う。
僕はこんなにも志緒理を苦しめていたのか。

「もうごめんなさいは禁止な」
「……うん」

久しぶりに一緒に歩いた。
もう何年も前のように感じる。
付き合っていた頃の笑顔が思い出せない。
僕らはまともな会話をすることはなかった。
そして、いつの間にか地下鉄駅にたどり着いていた。

「あ…逆方向」
「家まで送るよ」
「でも悪いよ……」
「じゃあ駅の改札まで送る。オレはそのまま戻るから」
「うん」

地下鉄はゆっくりと動き出した。
次の駅までの短い時間。
二人は並んで座った。

「今日はありがとう」
「お前はもっと太れよ」
「頑張る」
「その方が100倍かわいいから」

彼女は黙ったまま下を向き、膝の上に両手を乗せた。
少しして、その両手の上に涙が落ちてきた。

「ごめんなさい」

震えた声で謝った。

「それは禁止って言っただろ」
「だって」
「もういいから。明日からは笑顔を増やせよ」
「頑張る」
「無理はすんなよ。あと半年で卒業なんだから、もっと楽しめよ」
「うん」

地下鉄はあっけなく彼女の降りる最終駅に到着した。
僕は改札まで彼女を送った。

「ありがとう」
「また明日」

僕は見えなくなるまで彼女を見届けた。
少しだけ心の中が軽くなったような気がした。


◆◆◆


志緒理が地下鉄の駅から表に出てきた。
少し強めの風が気持ちよかった。
苦しみから解放された志緒理。

「ありがと英太」

空に向かってそう呟いた。

『ププッ』

車のクラクションが鳴った。
その車には男の人が乗っていた。
呼ばれるように志緒理は助手席に乗り込んだ。
そして車は動きだし、どこかに消えていった。

「……」

その様子を建物の影から見ていた女の子がいた。
女の子は純夏だった。
彼女は英太を地下鉄駅の階段で待っていた。
英太が志緒理と歩いてくるのを見て、物陰に隠れた。
複雑な気持ちで二人を尾行した。

別れたはずの彼女……どうして?

彼女は志緒理のあとを追いかけた。
英太と別れた志緒理は別の男の人とどこかに消えた。

「あの男の人は、前にも一緒に車に乗っていた人だ」

純夏は前に一度、車に轢かれそうになった。
その車に乗っていたのは志緒理とあの男の人だった。
事情を知らない純夏は志緒理に強い怒りを覚えた。

「邪魔はさせないから」

強い想いを胸に秘めて彼女は駅に消えていった。

ロリポップ!
この二人…百合? それとも……カネゴンと親友

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