最終話 冬花の夏 〜 宝物…ずっと温めていたい
初めて学校をサボりました。
「沢田、後ろに乗れ」
「どうして自転車があるの?」
「いいから乗れ」
言われるとおり、私は後ろに乗りました。
「まずは駅から行く、そしてアイツの家に向かって走る」
宮川君が凄い勢いで自転車をこぎ始めました。
お尻が凄く痛いけど、必死になってつかまりました。
織川君、まだこの街にいてね。
「いたか?」
「ううん、いない」
「よし、家に向かう」
「うん」
織川君のマンションに着きました。
管理する会社の人がお部屋にいました。
部屋の中は何もなく、ガランとした空間でした。
一緒に晩ご飯を食べたこの部屋に、あの時の面影は何も残っていませんでした。
なんか、とても悲しいです。
「商店街から公園に行って河川敷に行ってみよう」
「うん」
商店街も公園も河川敷にも織川君の姿はありませんでした。
もうどこを探しても織川君はいないよ。
「もう一回駅だ」
「もういいよ」
「沢田……」
「ありがとう宮川君、もういいから」
「オレはアイツが引っ越すの知っていたんだ」
「えっ?」
「アイツから内緒にしてくれって頼まれていたんだ」
「……」
「ゴメン」
「ううん、いいよ宮川君」
二人でトボトボと歩きました。
お母さんにきっと怒られちゃうな。
織川君は今頃飛行機の中かな?
もしこの街にいるなら会いたいよ。
神様、織川君に会わせてください。
「ゴメンな、何も力になれなかった」
「いいの、宮川君っていい人なんだね」
「いい人じゃないよ」
「だって、こんな私のために学校サボってまで探してくれたもん」
「乗れよ、もう一回探す」
「もういいよ」
「お前にはいつも笑っていてほしい」
「……」
「お前が好きだ。オレは笑っているお前が好きだ」
「宮川君……」
「乗れよ」
思いもしなかった宮川君の言葉に戸惑いました。
私に意地悪な宮川君が別な人に見えました。
ごめんね宮川君。
「どこか他に知らないのか?」
「そう言われても……」
「織川と一緒に行ったところはないか?」
「う〜ん」
「思い出になった場所とかってないのか?」
「思い出……あっ」
「どこだそこ」
「お婆ちゃんの家の裏の畑」
「よし行くぞ」
思い出の場所。
生まれて初めて好きって告白した。
生まれて初めてキスをした。
私の大切な場所。
「ここにいなかったら諦める」
「分かった、オレは戻るよ」
「宮川君、私……」
「オレのことなんてどうでもいいからな」
「ごめんなさい」
「早く行け」
「うん」
急な坂道。手を繋いで歩いた道。
ドキドキしながら歩いた坂道。
私は織川君と一緒にいた時間を思い出しながら歩きました。
ずっと織川君のそばにいたいのに。
どうして悲しいお別れになってしまうの?
涙が溢れてきました。
織川君のいない毎日が続く……
心が折れてしまいそうです。
神様、もう一度お願いします。
織川君がいますように…
坂道を登りきって畑に着きました。
周りを見回しても織川君の姿は見えません。
織川君はいないの?
もうこの街には本当にいないの?
せめて一度だけでも顔が見たいよ。
思い出の場所…
キスをしたあの場所…
モミジの木の下は?
……いない。
神様のバカ。
「冬花」
織川君の声。
大好きな織川君の声。
「なんで冬花がここにいる?
学校は?」
「どうして、どうして黙って行っちゃうの?」
「……ごめん」
「ずるいよ、ずるいよ織川君は」
「ごめん」
織川君が抱きしめてくれました。
「キスしたのに……」
「怒ってるよな」
「キスはうれしかった。でも黙って行っちゃうのは怒ってる」
涙が止まらなくなりました。
「オレだって行きたくないよ」
「うん」
「だけど、どうしようもないんだ」
「うん」
「黙っていたのは悪かった」
「……」
「だってオレ、冬花の泣く顔を見るのが辛いから」
さっきより強く抱きしめてくれました。
「オレ、冬花が好きだから」
我慢していたのが全部弾け飛びました。
「うわ〜ん、ヤダ、イヤだよ行っちゃイヤだよ〜」
「泣くなよ」
「イヤ、イヤだイヤ〜」
「……バカ、オレだって」
私達は抱き合いながら泣きました。
どれだけ時間がったったのでしょう?
空が少しだけオレンジ色になってきました。
泣き疲れて二人でモミジの木の下に座り込みました。
「札幌って遠いな」
「そうだな」
「また会えるよね」
「だといいな」
「電話するね」
「うん」
もうすぐお別れ……
遠い存在になってしまう。
私の大切な人。
「もう一度キスして」
気が遠くなるようなキス。
精一杯の背伸びをした。
子供の二人。
大人の恋人同士みたいなキス。
最後のキス。
「冬花、ここで見送ってくれ」
「えっ」
「ここは二人の思い出の場所だから」
「うん」
「オレ、行くね」
「またね」
「サヨナラじゃないんだ」
「言わない」
「またな」
「うん」
織川君の背中が遠くなっていく。
涙で織川君の姿が霞んでいく。
もうそばにいてくれない。
もうその横顔が見られない。
もう会えないかもしれない。
私の大切な織川君。
「志典君」
織川君が立ち止まって振り返りました。
「私……ずっと織川君を好きでいるから」
「絶対好きでいるから」
「待っているから」
織川君、またね。
夏は始まったばかりだけど、私の夏は終わってしまいました。
よく運命は自分で変えられるって聞きます。
それが本当かどうかは分かりません。
それに恋愛ってそれに当てはまるか分からないです。
ただ今言えることは、子供の私には為す術を持たないってこと。
だって、織川君に寄り添ってついていくのは不可能だから。
どんなに好きでも、子供の私にはそんな力も財力もありませんから。
悲しいけど、これが現実なのです。
今私のできることは、織川君を想いつづけることだけ。
それだけしかできないのです。
大切な人を想いつづけること。
短い間だったけど、あなたと一緒にいた時間は大切な思い出になりました。
私、本当はずっと前からあなたに恋をしていたんです。
それに気がつかなかっただけでした。
それはちょっと残念だったです。
だけど、あなたを好きになったことは大切な宝物になりました。
この宝物をずっと胸の中で温めていたいです。
これからもずっとあなたを想いつづけたい。
いつの日か逢えることを信じて。
私はあなたが好きです。
ーFinー
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