第4話 共有
結局はただの酔っぱらい。
彼女は彼をそう受け止めていた。
人には言えない辛いことがあるのだろう。
彼もかわいそう。
本来ならば決してそうは思わない。
今の彼女は元カレの幸せが頭の中を覆っている。
自分を不幸だと思っている彼女は、不幸だと思える彼を放っておけなかった。
「ねえ、ちょっと付き合ってよ」
そう言って優しく彼に手を差しのべた。
立ち上がった彼に寄り添った。
二人を見守るように、満月は鈍くも精一杯輝いて見えた。
◆◆◆
それを見て彼女は驚いた。
「これは本当に歯だ」
折れた2本の牙。
ヴァンパイアの証。
あの日、彼が聞いた言葉。
「一度失えば能力は無くなるの。だから大事に使ってね」
結局、彼は一度もその力を使うことなく、その力は失われてしまった。
彼は彼女にあの日の出来事を話した。
「信じたくはないけど、これは本物だものね」
歯科医の彼女は折れた牙を見ながら言った。
「今度は残っている方を診るわね」
自分のしてあげられるのは治療してあげること。
元通りの生活に戻って欲しい。
そう思いながら歯の治療を続けた。
「あ…親知らずも生えている」
本来ならば、警察に突き出されて犯罪者になるはず。
なのに、突き出されるどころか歯の治療を受けている。
親知らずまで丁寧に治療してくれた。
「どうしてそこまでしてくれる?」
「どうしてって……元カレが結婚するからかな」
今度は彼女が彼に話した。
この人の前で見栄を張る必要もない。
彼女は素直にありのままの自分を話した。
つまらない毎日。
当たり前の毎日。
変わらない毎日。
見えない自分の未来。
いつの間にか泣いていた。
「君は必ず幸せになれるさ」
「なれるかな」
「こんなオレを助けてくれたからね」
「2本も折っちゃったし、その力っていうのも無くさせてしまったし」
「だから助けてもらったんだよ」
「えっ?」
「普通の人間に戻れた」
そう言って彼は笑った。
彼女はその笑顔が嬉しかった。
同時に少しだけ彼のことを知りたくなった。
「職業は何をしているの?」
「一応、物書きってところかな」
聞いてみてガッカリした。
一応という言葉に良いイメージが浮かばないからだ。
「私は淡波湖斗が好きだな〜あの人って恋愛ものも書いたりするでしょ」
「そうだね」
「文学的なのは難しくてね、彼の書く恋愛小説ってメッチャ面白いのよ」
「どんなところ?」
「読んでいて素直な気持ちになれるの。嫌な自分を見つめ直せるっていうか、戒められるっていうか……なんか頑張っていい女にならなきゃってね」
「そっか」
「女に生まれて良かったって思うの」
少女のような笑顔をする彼女がかわいかった。
「さてと、帰りましょうか」
二人は並んで歩き出した。
あんな出会いをしたはずなのに、まるでずっと前から知り合っていたように……
そんな二人を夜風が優しく包んでくれた。
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