Nazca Novels 歯医者さんとヴァンパイア

第5話 恋愛物が好き

出会ったばかりの二人の後ろ姿。
仲の良い恋人同士にも見える。
彼女は歩いて帰ろうと彼に言った。
笑顔で話す彼女。
優しく笑う彼。
情けない自分をさらけ出した彼女は、それが逆に清々しかった。

「どうしたの?」

彼女は彼の表情が曇ってきていることに気が付いた。

「何でもないよ」

彼女は彼の頬を触った。
そして、これから彼に訪れる状況を悟った。

「家はどこなの?」
「あと5分くらい」
「私達って意外と近いのね」
「そうなんだ」

彼の声に元気がなくなってきた。
抜かれた親知らずの影響が出てきている。
普通の人は患部を手で押さえる。
彼はそれをしなかった。

こんな私に心配をかけまいとしている。

その姿は彼女の心に響いた。
自分を襲おうとしたことなど忘れていた。

「ここがオレの家」

シンプルなデザインの高層マンションだった。
たぶん15階建てくらいであろう。

「普通はオレが送っていく方だよ」
「いいの。それに貴方はこれから熱が出ると思うの」
「そうなのか?」
「人によるけどね」
「それだったらもう出ているかも」

慌てて彼のおでこを触った。
彼の言うとおりで既に熱発していた。

「もう、苦しいなら言ってよ」
「ゴメン」

笑う顔に力が残ってはおらず、腫れた頬が痛々しかった。
結局、彼女は彼の部屋について行くことになった。

マンション最上階の部屋 ――

部屋に入った彼女は驚いた。
物書きだと言っていた彼。
しかし、一応という文字が付いていた。
一応ではこのマンションには住めないはず。

親と同居? お金持ちの彼女がいる?
宝くじに当たったとか?
だけど、そんな風には感じられない。
かといって聞くのも失礼だ。

気になっちゃうな。

「本当にありがとう。君にはあんなことを…」
「もういいの。それに私の方こそ愚痴ばっかり言っちゃって」

彼の言葉を遮るように彼女は言った。

「君はどうする?」
「熱が下がるまでここにいてあげる」
「これ以上は迷惑かけられない」
「何かあったら私の責任になっちゃう」

熱が下がるまで部屋に残ることになった。
それは口実でまだ一緒にいたかった。
今は一人でいるのが辛いから。
今夜は誰かのそばにいたかった。

久しぶりに近くで温もりを感じる。

「何かお礼がしたいな」
「いいわよ。それより早く横になったら」
「あ…うん」

彼は着替えベッドに横になった。
彼女はベッドの脇に座り彼の頬を触った。
それは話すことすら辛いほどの高熱だった。

私のために無理をしているのね。

やっぱり帰ってあげればよかったと後悔した。
空気の読めない嫌な女。
だから独りぼっちなんだと落ち込んだ。

彼女は落ち込んだとき、淡波湖斗の書く恋愛小説を読む。
素直な自分に戻れ、少女のような気持ちになれる。
気持ちよく泣けて、嫌になった自分を忘れられる。

「物書きだったら恋愛物を書いてよ」
「恋愛物?」
「うん。お礼はそれでいいわ」
「恋愛って感じじゃないけど、近いのは机の上にあるよ」
「ホント? じゃあ読ましてもらおうかな」

彼女は彼の書く小説を読み始めた。
少しして、彼の寝息が聞こえてきた。

 ← Back Index Next →

ランキングに参加中です。一押し応援して頂けたら嬉しいです。
NEWVEL 乙女の裏路地 恋愛ファンタジー
小説サーチ
HONなび
copyright (C) 2009 Nazca Novels All Rights Reserved.