Nazca Novels 歯医者さんとヴァンパイア

第7話 ページの裏側

ほんの少しだけカーテンの向こうが明るくなってきた。
スヤスヤと彼は眠っている。
彼女は眠っている彼の頬を触った。

「まだ熱が下がっていない」

そう言って彼女はベッドの上に顔を乗せた。
彼の寝息が心地よかった。

「物書きのヴァンパイアさん」

そう言って唇を重ねた。
久しぶりの感触に躰が熱くなった。

「私も助けて欲しいのにな」

ため息まじりに呟いた。

「オレは君を助けてあげられるのかい」
「うわっ、起こしちゃった」

慌てて彼女は上体を起こした。
それと同時に、聞かれてしまったことを恥ずかしく思った。

ひょっとして、キスしたことも知ってる?
それよりも、なんで私はキスしちゃったの?

顔が赤くなっていくのが分かった。
久しぶりに感じるドキドキに戸惑った。
中学生だったあの頃の甘酸っぱい感覚を思い出した。

「あの…えーと、具合はどう?」
「大分良くなったかな」
「それは良かった」
「顔赤くない? 熱うつった?」
「風邪じゃないからうつらないよ」

赤い顔をしながら彼女は言った。
そうだねと彼は笑った。
その笑顔を見て彼女は心がくすぐったくなった。

「どうしてハッピーエンドにしてくれなかったの?」

彼女は読んだ小説の結末を尋ねた。
別れという終わり方は、今の彼女に受け入れられなかった。
元カレの幸せと自分の不幸せ。
惨めに感じる自分。
嫌な女になっている自分。
せめて物語くらいハッピーになって欲しかった。

「この話はアンハッピーでもないよ」
「確かにそうだけど……」

それでも納得できなかった。
最後まで主人公と一緒にいてあげて欲しかった。

「この前はハッピーエンドだったしね」
「そんなの私は知らないも」
「今回はこう作りたかったんだ」

彼は昨夜の話をもう一度彼女に話した。

『腐っていくこの世界で貴方の才能が心の病んだ人を救えるのなら、それは貴方に下された天命なのです』

あの日、満月の夜に言われた言葉。

「男っていつでもヒーローになりたものなんだ」

彼は遠くを見つめるような瞳で彼女を見つめた。

「今思えばあの日の出来事は、力なんかは関係なくて誰かを守りなさいってことなんじゃないかって思うんだ」
「守りなさい?」
「オレは一応物書きをやっている。この程度しか書けないけど、それを読んで救われる人がいれば続けてきてよかったと思う」

彼女は彼の言っている意味がよく分からなかった。

確かに昨夜の彼には鋭い牙があった。
それは紛れもなく獣のような牙だった。
夢の世界ではなく、現実の世界。
現に目の前に彼がいる。
折れた歯の跡は残っている。

じゃあ何のために、その人は彼に力というものを与えたのだろう。
それ以前にその人は、ヴァンパイアという存在だったのか?
ヴァンパイアが人のために何かをする存在……私は聞いたことがない。
人の心を救って欲しいと願うなんて考えられない。

その人は彼に、本当は何を伝えたかったのだろう。

ふと、彼女はさっきまで読んでいた小説の最後のページを見た。
ページの裏側に、何か書き記されているような文字が見えた。
彼女は最後のページをめくってみた。

淡波湖斗 ――

驚いて彼の顔を見た。
彼は優しい表情で彼女を見ていた。

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